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Au Praxinoscopeでは、世界で活躍するアニメーション作家を紹介する小さな展覧会、上映会を企画、開催していきます。
2017年1月13日(金)〜3月25日(土)
ユーリー・ノルシュテイン版画展

ユーリー・ノルシュテイン版画展

ユーリー・ノルシュテイン版画展
ロシアの巨匠、ユーリー・ノルシュテイン監督作品のジークレー版画の展示販売。
ノルシュテイン監督と美術監督フランチェスカ・ヤールブソバの直筆サインとノルシュテイン・スタジオ・アルテのオリジナル版画作品の証明エンボス印入り。

展示作品:
『霧の中のハリネズミ』、『アオサギとツル』、『話の話』、『冬の日』、『外套』ジーグレイー版画 14点

ジークレー版画とは?
ジークレー(もしくはジクレー)は、最新のコンピュータ技術を使った版画技法で、 フランス語で「インクの吹き付け」を意味し、 スクリーンを使用せずダイレクトにインクを版画紙や キャンバスに吹き付ける技法です。
大量に印刷される一般の雑誌やポスターに使われているオフセット印刷がアート作品になるとリトグラフに名称が変わります。シルクスクリーン印刷をセリグラフとなる具合です。 そして、インクジェット印刷技法を使ったアート作品の技法名として考えた名前が「ジークレー」です。 
技法としてはインクジェット印刷と同じですが、作家の原画やシルクスクリーン版画と同じ耐用年数の顔料インクを使い、長期保存性を実現、用紙には厚紙の非木材・漂白剤非使用の版画洋紙に刷られるなど、質が大きく異なります。
原画をコンピュータで解析し厳密に測定した上で、 色彩は512色のインクの混合によって7万色以上もの微妙な発色が可能で、 作画の精密さ・色調の幅ともに 従来の版画複製技法の限界を凌駕しているといわれています。 現在最も原画に近い版画製作法ともいわれています。
霧の中のハリネズミ
『霧の中のハリネズミ』
アオサギとツル
『アオサギとツル』
話の話
『話の話』
話の話
『話の話』

外套『外套』
冬の日
『冬の日』
ユーリー・ノルシュテインユーリー・ノルシュテイン (ロシア)
1941年9月15日、第二次大戦下、疎開先のロシア中西部ペンザ州ガラブニーシチェンスキー地区アンドレーフカ村生まれ。1943年にモスクワに戻り、父母兄と暮らす。
1959年に連邦動画撮影所(ソユーズムリトフィルム)の就職試験を受け採用される。ソユーズムリトフィルムではアニメーターとして、自身の監督作も含めて50本以上の作品に関わる。
初期の監督作である1968年『25日・最初の日』及び1971年『ケルジェネツの戦い』では、1920年代の芸術作品やロシア・アバンギャルドの影響が濃い大人向けの作品を撮るが、1973年『キツネとウサギ』、1974年『アオサギとツル』、1975年『霧の中のハリネズミ』では動物が主人公の子ども向けの作品を撮り、いずれも高い評価を得た。そして1979年『話の話』では、ロサンゼルスにおいて行われた映画芸術アカデミーとハリウッドASIFAとが共催した国際アンケートで「あらゆる民族、あらゆる時代の最上のアニメーション」として認められるなど、その評価を不動のものとする。
1986年、撮影を続けていた『外套』(ゴーゴリ原作)の仕事を中止させられたため、1989年に同撮影所を辞職。1991年、ロラン・ヴィコフ財団の支援で自身のスタジオを持つ。後に財団から独立し、「ノルシュテイン・スタジオ・アルテ」を開設。2003年には、松尾芭蕉の連句アニメーション『冬の日』で「狂句木枯の身は竹斎に似たる哉」の句を担当した。
監督として、これまでに国内外で30以上の映画賞などを受賞。1989年に映画芸術への実作者としての貢献に対してタルコフスキー賞、青少年のためのアニメーションの芸術発展への寄与に対して国際ジャーナリスト連盟がメダルを授与、1991年にフランスの芸術文学勲章、1995年に文学および芸術上の高度な業績にたいしてロシア「凱旋賞」を授与された。
1981年以来『外套』を制作しているが、未だに完成していない。

フランチェスカ・ヤールブソフランチェスカ・ヤールブソワ (ロシア)
父、アルフレッド・ルキヤーノヴッチ・ヤールブスは視覚物理を研究する学者。著書『視覚プロセスにおける視力運動の役割』で知られる。母、シュラトフスカヤ・エフゲーニヤ・イオガネソーヴナはドイツ系。
1942年、家族の疎開先、アルマータ市(現在アルマトィ、中央アジアのカザフスタン共和国)で生まれる。
1943年、母とモスクワに帰宅。父は戦線にいた。
一般教育の学校と並行して、1955年から、地区の芸術学校に通う。
1961年、国立モスクワ映画大学(略語・VGIK)美術学部に入学。ビーメノフ、ヤーコヴレフ、シュピーネリ、アニメーション監督イワノフ=ワノーなどが教授を務めていた。メーテルリンクの『青い鳥』で卒業制作試験に合格し、アニメーションの美術監督資格証書を受け取り専門職となる。
1965年から連邦動画撮影所(ソユーズムリトフィルム)で仕事をはじめ、そこで未来の夫、ユーリー・ノルシュテインと知り合う。
1973年の『キツネとウサギ』から、現在制作中の『外套』まで、主要なノルシュテイン作品において美術監督を務め、エスキースや撮影素材などの絵を描いている。
また画家として絵本の挿絵なども手がけている。

>ノルシュテイン・スタジオ・アルテ公式サイト(ロシア語)

>監督生誕75周年記念  ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界」
シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中!
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